立命館大学の路線バス騒音排気ガス公害のブログタイトル、テーマも150を超えると本当になかなか頻繁には頭にテーマが浮かんできません。月にひとつは無理です。そう言った状況の中、グーグルマップを眺めていると、皆さんご存知の通り、金閣寺前の木辻通には路線バスはもう全く走らなくなりました。京都新聞などメディアで取り上げられてもいいような話題です。過去のブログで、その理由の真相も書いています。
この「きぬかけの路」、いわゆる観光道路として京都市建設局が1963年(昭和38年)につくった道です。昔は蘆山寺通は立命館大学まで通じていませんでした。立命館大学が衣笠に引っ越してきたのは1938年(昭和13年)です。当時、立命館大学に通うには平野神社の前の小松原通がメイン道路だったわけです。今でも西大路通から立命館大学に行くには一番近い道です。昔の正門である東門には学生向けの安い飲食店が何軒もありましたが、時代の流れで学内に食堂ができた結果、飲食店の数は減り、その代わりに学生向けの不動産屋が並んでいます。電車や路線バスで大学に通うのは、本当に時間の無駄です。疲れるだけです。だから欧米の大学は学内の全寮制です。勉強する時間を無駄にしないためです。
本来の目的である観光道路が、いつのまにか権力者(金閣寺)の意向に沿って自治体(京都市交通局)が言う事を聞き、市バスの経路を変更したのです。その結果、路線バス騒音排気ガス公害が蘆山寺通で起きています。確かに金閣寺前付近は海外からの観光客の激増で凄まじい人の数です。そんな道路に路線バスが走れば、交通事故が起きバスの遅延が起きるのは明らかです。問題は、立命館大学が交通アクセスの利便性を高めるために路線バスを増した事です。これは観光客の増加による路線バスの乗客数増加も影響しています。昔は立命館大学行のバスには学生しか乗っていないくらいでした。それが海外からの観光客で満員状態、地元の市民が乗れません。昔は学生が満員で市民が乗れませんでした。立命館大学はドメインの狭さに気づき、滋賀や大阪に学部移転したのに、路線バスを増やすよう政治ロビー活動をしました。少子化で学生数が減少しているのに、路線バスを増やし必要以上の利便性を求めているのです。それに応える路線バス会社、特に京都市交通局は運転手が不足しているにもかかわらずです。そこには、度し難い癒着があるわけです。
しかし、よく考えてみると、これは京都市の将来の見立てが根本的に悪かった事が原因しています。北大路通と西大路通に地下鉄を走らせていなかった事がすべての原因です。京都市は、あくまでも市役所を中心に地下鉄網を考えていたのです。つまり御池通の地下鉄を優先させたのです。その失政が今に至っています。西大路通を走るクルマの量、路線バスの凄まじい数、こんな大通りに地下鉄が走っていない事が不思議でたまりません。御池通と比べものになりません。日本という国、将来の予測が非常に悪い国です。甘いというレベルではありません。高速道路などの設計にしても、渋滞が起きる原因は車線数が少ないからです。米国のサンフランシスコにあるゴールデンゲートブリッジ(金門橋)、橋の建設は1933年に始まり1937年に完成。その当時から車線数は片側3車線です。将来、クルマ社会になる事を予測していたのです。余談ですが、ゴールデンゲートブリッジを歩いて往復した事があります。何より、この橋が太平洋戦争前に完成していた事に驚きます。米国人の将来を予測した国家プロジェクトには感心します。現在でも日本のように鉄道による移動に執着せず、航空機による移動に米国は重点を置いています。日本は地震大国なのに、高層マンションを建設しています。関東大震災が再び起きる事は明らかです。大阪や東京などの湾岸埋め立て地、南海トラフ大地震が起これば、大津波を被るのは明らかです。日本政府は壊滅的な災害が起きるのがわかっているのに、防災が中途半な国、それが日本です。村社会というのは、皆の顔色を見ないといけない習慣があるためか物事がなかなか進みません。そして先進的な考えでも人と違った考えは排除され村八分にされます。出る杭は打たれるという事です。
京都市の将来予測、立命館大学の将来予測、両者の見立ての悪さ、これが蘆山寺通の路線バス騒音排気ガス公害となって住民が被害者になっているのです。「きぬかけの路」は観光道路の役目を果たしていません。京都市都市計画局の見立ての悪さが、住宅街の片側1車線の狭い道路「蘆山寺通」に路線バスを過剰運行する結果になったのです。騒音と排気ガスは人体に影響を及ぼします。役所と大学が市民である住民を犠牲にして、観光都市、大学都市と言っている自治体、これが国際都市の京都の実態です。とても国際都市とは言えません。脱炭素の京都議定書、排気ガスを出す市バスでどのようにして二酸化炭素を削減できるのでしょうか?日本という国は外側だけで中身のない村社会です。言うだけで実行しない中身のない日本人が増えている事も原因です。