人生、あせらず楽しもう!

ご覧いただき、ありがとうございます。今の日本人には「感謝と謙虚」が必要です。日本という村社会で権力者によって支配されたテレビや新聞に惑わされないために、自分で情報を調べ蓄積し分析し洞察する事が大切です。何事も決して周りに押し流されず、焦らずに自分で真実を見抜かないといけません。

京都市交通局に足りないもの、それは戦略と戦術です。

戦略と戦術は、あらゆる事に通じます。スポーツであったり、企業経営、国家や自治体運営、本来の軍事作戦つまり戦争で、もちろん人間が生きて行くための人生にも言えます。昔からよく言われるように「計画なくして成功なし」です。戦略とは、目的を達成するためのマクロ的な視点で行動を計画し実行する施策、戦術はミクロ的な作戦や目的達成のための具体的方法です。 戦略は戦術よりも上の概念です。わかりやすく言えば、 山の登り方は戦術であって、どの山に登るかが戦略です。

 

窮地にある京都市交通局の「なりふり構わない経営改善」には、実は戦略もなければ、戦術もないのです。YouTube動画で米国俳優デンゼル・ワシントン氏が話すモチベーショナルスピーチ、この中で何気なく彼は「戦略と戦術」を語っています。(字幕は日本語にできます)これまでのブログやツィートで非常に参考になった考え方です。倫理教育の教材として是非おすすめします。自然崇拝の多神教である仏教を信仰する村社会の日本人に足りないものが具体的に説明されています。それは欧米人が信仰するキリスト教などの一神教が持つ個人主義です。一対一で相手を尊重し、人を助け、感謝する心です。相手を無視して好き勝手に大勢の人間を騙してカネ儲けする仏教とは違います。


京都市交通局の「なりふり構わない経営改善」は、言うならば目標のない夢なのです。「国に対して粘り強い支援要望に取り組み、より一層の経営健全化を推進する」とあります。これは企業努力とは言いません。努力する気がなく、ひたすら天(政府)に向かって拝んでいるような状態です。そこには戦術がないのです。表向きは独立採算である公営企業と言いつつも、実際は役所(交通局)であることには変わりありません。つまり、財政難にある京都市長の取り組み方とまったく同じで、カネに困ったら御上(政府)に頼るしか能がないのです。なぜ、そうなるのか?それは京都市も交通局も、日本のどの役所も、どの山に登るかが決まっていないのです。それは日本政府にも言えます。だから、登り方が決まらないのです。地図もなく、方向も分からず、あっちフラフラこっちフラフラな事しかできないのです。方向性がなく最終的に道に迷い遭難するのです。つまり、財政破綻、国家消滅です。

 

京都市交通局:令和5年度市バス・地下鉄事業予算概要について

 

日本という国は、欧米による徳川幕府解体後、天皇中心に統一され、中央集権の大きな政府による護送船団方式の官僚統治型社会主義国家という村社会になったのです。天皇制(王制、君主制)の国では決して民主主義は発展しません。その証拠に元官僚が首長になっている自治体がどれほど多い事でしょう。民主主義社会の欧米のように民間人がトップになるような事は非常に稀です。そして、戦後の日本は米国に頼る事しか知らない政府になってしまったのです。いわゆる金魚の糞です。自分達で何とかするという気概が無くなってしまったのです。なぜなら、米国に歯向かえば殺されるからです。その結果、命がけの政治家はいなくなり米国の犬のような政治家ばかり増え、落ちぶれて行くばかりです。日本の高度成長期というのは、実は米国の筋書通りに日本が復興支援されていただけなのです。テレビや学校では真実を教えてくれません。つまり、米国に食い物にされ付け込まれていた訳です。今も同じです。日本人の努力だけではなく、闇の権力が存在しているのです。日本は米国に核爆弾を2発も落とされ、戦争に負けた国なのです。その事実は今も変わりませんが、日本人は忘れて行くばかりです。

 

京都市交通局の「まぢピンチ」という経営状況等の「見える化」の取り組みは、アニメ(漫画)に頼っただけで、目的達成のための具体的方法、つまり戦術ではありません。単なる若者を味方に付けようとしたプロパガンダ教育です。そこには最終的に失望しか生まないのです。イラストにあった「年収1000万円の市バス運転士は存在しません」という表現です。年収ではなく採用方法が問題なのです。そして、突然の「市バス一日券」の廃止です。まったく一貫性がありません。あんなに安い一日券を販売していれば利益が出ないのは当然です。薄利多売は運輸業では通用しません。これは常識です。

 

京都市交通局は、これまで経営改善として「さまざまな」事をして来ましたが、結果として何も成し遂げていないのです。市民の足を守る事ばかりで、何ひとつ経営改善ができていないのです。市バスの重複路線の統廃合や完全民営化など革新的な見直しに着手していません京都市交通局は本来の企業努力を怠っているのです。だから、同じ所をぐるぐる回っているだけで前に進んでいないのです。行動していても進歩がないのです。なぜ、そうなるのか?それは日本の役所、つまり身分職である公務員には感謝と謙虚がないからです。西日本JRバスなどの元国営企業と同じように不遜な態度で運行する悪弊があるからです。そして日本の役所の特徴は、労働組合を背後に置き「従来通り」の仕事しかしていないからです。その結果、立命館大学のように大学開発で衣笠地区で近所迷惑な事しかしていないわけです。これまで、どれほど衣笠山の自然と景観が破壊されきたことでしょう。

 

本来の路線バスの役割は、乗客を安全に目的地まで運ぶことです。これは鉄道も同じです。そこに大切な目標があるわけです。それが人助けなのです。これ以外にはないのです。JR西日本福知山線脱線事故のように私鉄との競争に勝つために過密なダイヤを組んだ結果、運転手や多くの乗客が死傷する大事故が起きました。路線バスが近所迷惑な注意喚起音を鳴らして運行する事が安全という目標達成の手段ではないのです。環境を破壊する排気ガスを出す路線バスを過剰運行させることも戦術ではないのです。それらは沿線住民の失望でしかないのです。蘆山寺通のアスファルトを見てください。路線バスのタイヤ跡が日増しに濃くなっています。

 

京都市交通局は何がしたいのか。その願望が市民にとって良いものなら叶うわけです。自分達にとっての好き勝手な願望ではなく、沿線住民も含め市民にとって良い事をするべきなのです。そこに公共交通機関としての喜びがあるわけです。世の中に、そして京都市にとって良い変化をもたらすようなことをしてください。日本の役人や政治家にとっての良い変化は、市民にとって悪い変化なのです。そこには人助けがないからです。そして感謝と謙虚がないからです。金閣寺の坊主と同じでカネ儲けの事しか頭にないのです。つまり、自分の事だけで相手を尊重する精神がまったくありません。彼らは見返りのない人助けはしないのです。それは人助けではなく欺瞞です。賄賂のような企業献金を禁止しない日本の政治では、いつまで経っても同じ所をグルグル回って落ちぶれて行くだけなのです。なぜなら、たくさん献金してくれる大企業の言う事しか聞かなくなるからです。それは本来の政治家ではありません。