人生、あせらず楽しもう!

ご覧いただき、ありがとうございます。今の日本人には「感謝と謙虚」が必要です。日本という村社会で権力者によって支配されたテレビや新聞に惑わされないために、自分で情報を調べ蓄積し分析し洞察する事が大切です。何事も決して周りに押し流されず、焦らずに自分で真実を見抜かないといけません。

政治バス路線とは「政治の力」で路線バスの数を増やすことです。

このブログで「政治バス路線」という単語を使い出したのは、過去のブログで交通ジャーナリストの鈴木氏の記事(東洋経済オンライン版)を読んでからだと思います。「公営バスは公営企業であるがゆえに、公営だからと市民からの要望や議員・議会の意向によって路線やバス停が左右され、採算度外視の政治路線が優先される」と書かれていました。

ilnyc.hatenablog.jp

 

そして、京都市議会議員の井坂博文氏のサイトにある2020年3月4日の予算委員会議事録「ダイヤ改正に伴う問題噴出」に今回のテーマに関わる部分がありました。それは、社会福祉協議会社協)という単語です。

2020年3月4日(水)ダイヤ改正に伴う問題噴出…予算委員会 « 日本共産党京都市会議員 井坂博文

この社会福祉法人 全国社会福祉協議会社協)という団体の事は今までよく知りませんでした。ホームページを見ても、1908年に渋沢栄一が設立し、1951年に全日本民生委員連盟、同胞援護会と合併、1955年に 「社会福祉法人全国社会福祉協議会」に改称、ちなみに文鮮明統一教会を設立したのが1954年です。1987年には新霞が関ビル竣工とあります。社会福祉法に基づきすべての都道府県・市町村に設置されている非営利の民間組織で地域住民や社会福祉関係者の参加により、地域の福祉推進の中核としての役割を担い、さまざまな活動を行っていますと紹介されています。令和3年度の決算報告書を見ると、主な収入は会費と寄付そして事業収入(積立金の無利子貸付)で合計47億円ほどです。

社会福祉協議会とは|全国社会福祉協議会

 

しかし、こんな組織にも問題となっている宗教団体が入り込んでいたのです。下記の記事には「教団は全国の社会福祉協議会社協)にカネをバラまき、災害時には選挙活動と同様にボランティア要員を派遣していた。(中略)旧統一教会地方自治体に相次いで寄付を行っていたが、多額の寄付は全国の社協にも及んでいた。」と書かれています。これは昔から続いていたのです。注目すべきは、統一教会自治体にも寄付をしているのです。なぜ、統一教会社協に寄付していたのかです。そこには当然、目的があるわけです。おそらく「政治の力」を得るためです。官僚の天下り先、社協族議員もいることでしょう。もちろん、統一教会信者の公務員もいるでしょう。教師も含め京都市職員の中にも、どれほど多くの創価学会員がいるかわかりません。統一教会の政界進出と同じです。ちなみに「京都市バスの路線・ダイヤの在り方に関する検討委員会」 の委員に社会福祉法人 京都市社会福祉協議会の会長(産廃会社会長)が含まれています。何か闇がありそうな臭いがします。

www.nikkan-gendai.com

 

先般の京都市への多額の寄付、京都市はよく調査したのでしょうか?善意の寄付だから相手を調べず受け取るという時代ではありません。まず相手を疑ってかかるのが当然なのです。そのカネの出所はどこなのかが重要です。バカみたいに喜んでカネを受け取ると後悔する事になります。

www.sankei.com

 

話を戻し、京都市交通局の市バスの経路変更について、担当部長は社協から説明に来いと言われて説明会を行い、京都市交通局が自ら説明に行った先は金閣寺だけです。沿線住民への説明会はありません。これは明らかに民主主義に反します。政治バス路線と同じで「政治の力」で立命館大学に言われる通りに市バス増便を採算度外視で長年しているのです。そして、京都市政教一致により金閣寺から言われた通りに金閣寺前の道路に市バスが走らないようにしたのです。本当の民主主義社会であるならば、こんな事はしません。1車線の道路に路線バスを集中させて走らせれば、どうなるかぐらい誰でもわかります。民主主義社会ならば、路線バスのルートを分散させる事をまず考えます。特定の利害関係者や権力者の言う事をそのまま受け入れる政治は専制主義国家のやり方です。

ilnyc.hatenablog.jp

 

政治家と宗教団体の癒着、これは国会議員だけではなく、地方議員にも間違いなくあると思います。中国共産党さらに日本共産党立命館大学の関係。統一教会地方自治体や社協との関係。自民党の組織票宗教団体のひとつである統一教会(8万人)。統一教会だけでなく創価学会(860万世帯1000万人)も同じです。公明党の組織票宗教団体です。政教分離憲法に明記されているのに、それができない日本。そして、政教一致を肯定する「政治の力」。一体この国はどうなっているのでしょうか。法が「政治の力」で無視され、「政治の力」の前では警察も公安も裁判官ですら無力になるのです。本当に恐ろしい国です。三権分立ができていないのです。とても法治国家とは言えません。日本は奈良時代の中世のままなのです。

 

現在の中国では宗教が禁止されています。さらに中国の土地はすべて国の土地であり、一般人が土地の所有権を取得することはできません。そのため富裕層の中国人が日本の土地を買っています。日本は奈良時代から宗教も自由、個人が土地を所有することもできます。しかも、いまだに宗教と政治が一体化しています。どちらの国家が国民にとって幸福なのでしょうか?中国ならば、森友学園の問題も文化庁による統一教会の名称変更問題も起きないわけです。杜撰な民主主義の独裁政治ほど国民にとって恐いものはありません。誰かがくい止めないといけないのです。ヤリタイ放題政治は国を滅ぼします。それこそ放置国家です。