人生、あせらず楽しもう!

御覧いただきまして、ありがとうございます。今の日本人には「感謝と謙虚」が必要です。権力によってメディアコントロールされたテレビや新聞に惑わされないために自分で調べて分析する事が大切です。何事も決して周囲に押し流されてはいけません。真実は自分で見つけ出すものです。

路線バスや地下鉄をなぜ公務員が運営しないといけないのか!とてつもない税金の無駄遣いです。2

引き続き、交通ジャーナリストの鈴木氏の東洋経済のオンライン版に掲載されていました記事を参考にして。京都市交通局の市バス運営を評価したいと思います。

 

toyokeizai.net

 

病院をはじめ、公営バスなどの民営化には「地方公営企業法」という法律があり、日本にある公営バスが現在24社あるそうです。そのほとんどが地方です。民営化方法には、民間バス会社に事業譲渡するのと、自治体が出資して株式会社化する方法です。後者は、地方の小さな自治体では財政的にも人的にも厳しいので無理だと思います。国鉄がJRになった方法は後者です。いずれにせよ、公営バスの完全民営化(株式会社)は増えています。既に日本の地方は少子高齢化多死社会で衰退の一途です。高齢者の割合が増えるとGDP(国民総生産)が下がります。あの韓国にも、実は日本は抜かれているのです。日本のテレビや新聞は政府御用達なので、真実であっても日本の評価を下げるような事実は報じません。

 

公営企業が株式会社として民営化する目的は事業の合理化です。つまり、経営効率が悪いような仕事はしないことが非常に重要なのです。交通ジャーナリストの鈴木氏は記事の中で「効率化をしなければならないのは、公営は無駄が多いからだと言われる。役所仕事と言われるように、事務方は細かく担当が分かれて人数が多い」と書かれています。その通りで、京都市交通局のように公営企業と言っても、実は「局」という役所です。株式会社ではなく、市営企業です。本来の民営化とは、組織を株式会社にすることです。公営企業では、まだ役所(=公務員)なのです。

 

京都市交通局は市バスの号系統を表示する表示幕をLED化したり、車内に次の停留所やその先の停留所名を表示する液晶モニターを付けたり、別に無くても差し支えないものに税金の無駄使いをしています。海外の路線バスには無駄がありません。本当に京都市は財政難である意識に欠けています。塵も積もれば山となるです。これは京都市交通局だけでなく、すべての日本の役所に言えます。本当に日本の役所仕事はヌルイです。ある地方の役所に勤務する人の話を直接聞いたことがありますが、夏季休暇などには休暇手当がもらえるらしいです。民間企業では信じられないことです。日本には、有給休暇など無い零細企業がたくさんあるのに、地方公務員だと小遣いまでもらえるのです。日本は公務員優遇社会であることがよくわかります。

 

米国の路線バスの表示幕はシンプルでわかりやすいです京都市バスのLED表示幕は細かすぎて文字がつぶれて非常に見づらく、昼間は視認性が非常に悪いです。単に漢字とアルファベットの違いではなく、センスが違うのです。どうも、京都市交通局は物事をシンプルにする発想力が乏しいと思います。これは日本人の特徴でもあります。物事を複雑化してしまう悪い癖があります。 日本語がその良い例です。

f:id:ilnyc:20201130111453j:plain

 

京都市交通局はこんな不必要なものにお金をかけます。車内にカーアクセサリーを付けると死角になり事故につながります。これは自動車教習所で教えられる基本的なことです。さらに、この液晶モニターを大通りの屋根付きのバス停にも付けられています。日本人は盗みませんが、米国なら間違いなく夜中に盗まれます。時刻表だけバス停に貼っておけばよいものを、京都市交通局は無駄な事ばかりしています。

 

f:id:ilnyc:20201130111729j:plain

 

さらに、交通ジャーナリストの鈴木氏は「予備車を含む車両数も多くて、営業所に遊んでいる車両は民営バスに比べて目立つ。車両も独自の特別仕様を擁する金のかかった車両が多い」と書いています。京都市バスは、この記事の典型例です。市バスが818台もあるのに、さらに61台も購入予定です。京都市は財政支援団体になるかもしれないのに、減らすどころか、一体どれだけ市バス車両を増やすつもりなのでしょうか。 しかも、この半数のバス車両は民間バス会社に運行委託しています。つまり、市バス車両を西日本JRバスなどの路線バス会社にレンタルして運賃売上を出しているのです。京都市交通局はバス車両の管理だけしているのです。

 

常々、思っていたことですが、京都市バスのバス停の間隔は、500mぐらいの近距離にバス停を設置しています。「蘆山寺通」から「西大路通」までのバス停の間隔は、たった300m前後しかありません。何を想定してこんな近くにバス停を置くのでしょうか。京都バスなどは、1000mぐらいの間隔だと思います。郊外になれば、それ以上の距離があると思います。バス停の間隔が狭ければ、それだけ路線バスの停車と発進する機会が増えるわけです。まず、後続車で交通渋滞が起きます。そして、何より路線バスの燃費も悪くなるのです。さらに、バス停付近の路面の傷みが増え、近所迷惑な注意喚起音や運転手のマイク音やアナウンスが付近に聞こえるのです。蘆山寺通は、京都市バスだけでなく西日本JRバスの運転手が鳴らす注意喚起音「ピンポン、ピンポン、ピンポン」が近所に鳴り響いています。蘆山寺通は、バス専用道路ではなく、鉄道線路でもありません。近所迷惑な「正午のサイレン」と同じです。

  

役所は「道路は京都市のものだから、市民は黙っておけ!」という考え方なのでしょう。民主主義ではなく、社会主義的な発想です。「役人は偉い」と市民を見下す姿勢については、これまでのブログで何度も書いてきましたが、他にも実体験がいくつかあります。市民は黙っていないで、どんどん事実を公開することが民主主義社会の基本だと思います。ロシア人のように連邦政府によって監視統制された社会で国民が黙って辛抱していては、何の変化もありません。黙っていると同じ人間である役人や首長に好き勝手されるだけです。日本特有の封建的で世襲的な身分社会にはウンザリです。ますます感謝と謙虚のない日本人が増えるばかりです。