人生、あせらず楽しもう!

ご覧いただき、ありがとうございます。今の日本人には「感謝と謙虚」が必要です。日本という村社会で権力者によって支配されたテレビや新聞に惑わされないために、自分で情報を調べ蓄積し分析し洞察する事が大切です。何事も決して周りに押し流されず、焦らずに自分で真実を見抜かないといけません。

なぜ、京都市交通局の京都市バスは赤字体質なのか?

この件については、これまで京都新聞など様々なメディアや京都の市会議員、大学教授などがいろいろ議論していますが、根本的に市営バスが手を広げ過ぎた営業をしているからです。つまり、走り過ぎて無駄が多過ぎるのです。言い換えると、無駄な路線や本数が多いからです。その結果、生産性が低くくなるのです。

 

地下鉄網が少ない京都市は、市民や観光客の需要をすべて満たそうとすると市バスの台数や路線数はいくらあっても足りません。赤字は永遠に増え続けます。必要最小限の公共サービスで営業展開し、後は民間バス会社に丸投げして市場を解放すればいいのです。現在のような京都市交通局の民間バス会社への運行委託契約ではなく、完全に路線を民営化(手放す)すれば、京都市交通局のコストも抑えられます。無駄な予算(委託料や車両費など)が要らなくなるのです。そもそも、民間バス会社が撤退するような路線は、根本的にニーズはあっても採算が取れない路線(運行ルート)だということです。つまり生産性がない路線なのです。大型や中型バスで運行して採算がとれないのならば、小型バスにする必要があります。それでも利益が出なければ、路線バスを運行する必要がないルートです。市民はクルマがなければ、タクシーを使えばよいのです。実は平安京の都のエリアは自転車で十分移動できます。市バスより自転車の方が早く目的地に到着できます。市バスを使った「歩くまち・京都」ではなく、あらゆる無駄を省いて無駄を無くすのです。京都市交通局は、コスト(ほぼ人件費)のかかる市バスを政治の力により、市場ニーズのない儲からないルートまで市バスを何台も走らせているから赤字体質から一向に脱却できないのです。これを「政治バス路線」と言います。

 

西日本JRバスなどの民間バス会社は、ニーズがありそうな路線しか運行していません。無駄な路線はありません。京都バスは市バスと重複しないルートしか路線がありません。西日本JRバスのように市バスと重複するルートは決して走りません。しかも、運賃収入が少ない路線の便数は、それこそ一時間に1本、二時間に1本、三時間に1本、昼間は無しで朝夕に1本などの時刻表が普通にあります。それくらいの事をしなければ、コストは削減できません。市民の足としての行政がサービス網を減らすことができないという発想では、いつまで経っても赤字体質は一向に変わりません。路線を増やすと、ますます赤字が増えます。なぜなら、バスと運転手が必要になるからです。

 

今日、地方都市には大型の路線バスなど走っていません。規模を縮小してマイクロバスやワゴン車で運営しています。もちろん民間タクシー会社などが運営しています。自治体は運営していません。大型や中型バスではコストがかかり過ぎるのです。知恵を出せば、いくらでも方法がありますが、京都市はそれをしないのです。「従来通り」のお役所仕事です。路線や号系統を見直すどころか増やす事ばかりしているのです。なぜそうなるのかは、このブログで書いていますが、昔から京都に住む市民はその理由を知っています。

 
市バス各系統の営業係数(令和元年度)について(令和二年9月14日)

https://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/cmsfiles/contents/0000274/274911/besshi.pdf

 

この資料を見てください。 京都市交通局が市バス各系統の営業係数を公表しています。令和元年度は全84系統のうち21系統が黒字、63系統が赤字。平成30年度は84系統のうち33系統が黒字(実質は18系統)、51系統が赤字。赤字路線が八割で年々赤字路線が増えているのです。令和元年はまだコロナ禍が無かった年度です。いかにニーズがない路線にコストがかかる大型バスで市営バスを走らせているかがわかります。ニーズがあるのは、京都市内のメインストリートの大通りだけです。それを衣笠線と呼ばれる立命館大学までのルートなどを増やすから赤字運行になるのです。メインストリートだけ市バスが巡回していれば黒字になります。乗客があまり乗っていない細かいルートを走る路線が赤字を増加させる根本的な原因です。しかも、その路線の発着場所は京都駅や三条京阪四条烏丸など同じ地点です。その結果、重複路線が増えて行くばかりです。市バスの赤字体質は何も変わりません。路線バスのルートを重複させると、収益性が下がるのです。一台あたりの運賃収入、つまり生産性が下がるからです。

 

京都市交通局はドル箱路線の儲けで赤字路線を埋め合わせして運営していると言いますが、その考え方は建築会社などの工事物件毎の按分方式(ドンブリ勘定)であり、そもそも路線バス運営は日割り毎の収支を見ないといけないのです。グロスではなく、ネットです。労働者一人あたりの1時間の付加価値(利益)がいくらなのかまで細かい計算をしないと、本当の生産性はわからないのです。市バスの時刻表に営業係数が書かれていますが、あれは生産性ではありません。単なるコスト目安です。京都市交通局は、公営企業という役所だから節約する必要はないと言われそうですが、企業ならばそれくらい細かく分析しないと本当の経営状況を把握し戦略を立てられません。

 

立命館大学の交通アクセス問題にしろ、根本的には立命館大学が考えて創意工夫することであって、京都市交通局がそれに合わせる必要はないのです。要するに儲からない事をしているわけです。そんな事をするから、様々な問題や課題が発生するのです。結局、京都市交通局としての固定費が膨らみ赤字になるのです。立命館大学の学生は、京都市交通局にとってドル箱かもしれませんが、立命館大学衣笠キャンパスの学生を大阪や滋賀などに分散し、交通アクセス規模に見合った学生数を割り振り、学部移転すればいいだけのことです。実際に大学側は実行していますが、いまだに本校の衣笠キャンパスに学生や教職員を集中させるから、交通アクセス、つまり人の輸送問題が発生するのです。そもそも立命館大学が京都駅から遠い場所に土地を買って大学をつくるからこうなったのです。

 

同志社大学を見てください。今出川京田辺に分散し、しかも路線バスではなく、大量輸送ができる鉄道網の地下鉄とJR、そして近鉄の駅が近くにあります。そういう場所を選んでいるわけです。マンモス大学は、鉄道が主たる交通アクセスでないとスムーズに人が流れないのです。路線バスだけでは無理なのです。なぜなら、道路には信号があり工事があり交通渋滞があります。乗り合いバスは時間通りに運行できないからです。つまり、遅刻するということです。根本的に日本の大学が全寮制でない事にも起因しています。通学時間というムダな時間が発生するからです。欧米の大学生と違い、アルバイトに明け暮れる日本の大学生には根本的に関係がない話かもしれません。世界共通、大学は基本的に全寮制です。

 

そして京都市交通局京都市全域をすべて網羅しようとするから赤字になります。民間企業のコスト削減の概念を取り入れることによって黒字化でき、持続可能な公共サービスになるのです。破綻して組織がなくなると元も子もありません。民間にできる事は民間に任せないと少子高齢化多死社会の日本、特に地方自治体は存続することができなくなるのです。持続不可能な自治体です。

 

商売において売上が上がらない時は売上を上げるために販促活動(広告や新商品投入など)をしますが、それは商売の環境が変わらないという前提条件があります。特別な状況や時代にある時には、まずコスト(原材料や商品仕入)を抑えないといけません。路線バスと同じような旅客運送業界では航空会社が良い例です。即座に路線を廃便や減便して従業員をリストラしています。これをしない限り、毎月毎月売上が上がらないのに固定費(経費)だけが出て行きます。赤字幅がドンドン拡大するのです。放置しておくと会社が倒産します。銀行は、そういう所を見て企業にカネを融資するか判断しています。不良債権にしたくないのです。不良債権が増えると次は銀行が破綻します。

 

今の時代、地方公共機関が破綻しないとは限りません。少子高齢化多死社会の恐ろしさは、国家規模が縮小することです。人口が減ることは決して悪い事ではなく、それに見合った社会制度に変更しない事が国や地方を破綻させるのです。日本の役人(身分職)や政治家(貴族)は、この事がわからないのです。なぜなら、保身と出世しか興味がないからです。下を見ず上しか見ていません。国家にとって人は国民ではなく、税金を納める家畜としか見ていません。カネが足りなくなれば家畜に増税する、これが日本という社会主義国家です。若い方は、日本が社会主義国家だとは思っていないようですが、よく分析するとわかります。若い頃は、そんな事はどうでもよく、毎日が楽しければいいという発想ですが、そんな事も言っていられない状況に日本はなって行きます。日本は、どこから見ても社会主義国家です。決して民主主義国家ではありません。普通に暮らしているとわかりません。それは共産主義国家も同じです。洗脳されるからです。