人生、あせらず楽しもう!

御覧いただきまして、ありがとうございます。今の日本人には「感謝と謙虚」が必要です。権力によってメディアコントロールされたテレビや新聞に惑わされないために自分で調べて分析する事が大切です。何事も決して周囲に押し流されてはいけません。真実は自分で見つけ出すものです。

コロナ禍、京都市バスは走らせれば走らせるほど赤字が増える。

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この記事は、京都市交通局の恣意的な「攻めの営業」方針がいかに間違っているかを証明するものです。 

 

「(中略)現状では電車を走らせれば走らせるほど赤字になる。もちろん、走ってなんぼの商売だし、社員も走らせたいと思っている。ただ経営としてはお客様の減少に合わせて事業のサイズを再検討せざるを得ない。それでも公共性を踏まえて市民から維持を要請されるのであれば、教育や水道といった公共インフラと同様に、維持の在り方を考える必要がある。それ抜きに営業しろと言われるのはなかなか厳しい。(中略)

「(中略)地方鉄道は長期的にみるとお客様が減っていくビジネスだ。公共交通は今よりもっと社会的弱者のものになっていく。子どもたち、自転車に乗れない体の不自由な人たち、高齢者といったサービスの受益者だけが運賃を負担する形ではビジネスを持続できない」

「ここ数年、交通と言えば訪日観光客を運ぶ議論が中心だったが、まずは住んでいる人たちのために交通はある。そこから街や交通の議論をスタートしないと。住んでいる人が快適なら観光客も居心地がいい。世界中の都市計画で、住民の健康を重視する傾向が強まっている。新型コロナは、街の在り方を問うきっかけにもなった。(中略)」

 

この記事は、地方鉄道の課題ですが、京都市バスも地方都市である以上、同じようになって行きます。つまり、少子高齢化です。

京都市バスは、街に観光客も学生もいないのに、ただ時刻表通りにバスを走らせても、騒音と排気ガス(CO2)をまき散らしているだけで何の効果もありません。税金の無駄遣いです京都市交通局は、経営戦略を練り直し即効性をもって実行するべきです。「役所仕事」の特徴である、縦割り・画一的・遅い・上から目線・恣意的・親方日の丸では、いつまで経っても時流に遅れます。その結果、市民が犠牲となるのです。

 

記事にあるように住んでいる人が快適なら観光客も居心地がいい」という表現は、現場を知っている人だからこそ言える表現です。現場を知らない机上の空論では、良い結果は出ません。市バスが走る道路の周辺住民が迷惑しているのなら、必ず観光客にも迷惑なはずです。「蘆山寺通」を山盛り通過する市バスの騒音、排気ガスは、地域住民だけなく観光客にも迷惑なのです。「京都の道路は、こんなにガタガタで排気ガス臭く、市バスが山盛り走って危ない」というイメージを観光客に持たれるわけです。これが世界遺産の街かと落胆されます。そうなると観光客は二度と来ません。悪評は世界に拡散されます。以前、ハワイに住む中高年の日本人ガイドの方から現地で次のように言われたことがあります。「京都には二度と行きたくない。落胆した」と。

 

路線バスと電車で多少の違いはあるにしろ、この記事の真鍋氏は、科学的に分析されています。素晴らしい洞察力です。日本人特有の精神論的な経営戦略は一切含まれていません。日本だけを見るのではなく、世界の状況も見据えて考えを持たれています。

京都市交通局は、この考えを本当に見習うべきです。平成時代の「失われた30年」に流行っていた「攻めの営業」という旧態依然の経営スローガンではなく、真鍋氏のような科学的な分析発想をもてる人がひとりでも多く役所に増え、それが実行できる役所の変革がなければ、日本の地方自治体だけでなく、日本という国家の存続にかかわってくると思います。日本という国には、昔からとにかく動きが遅い国です。どんどん抜かされていきます。見るに見かねて動き出したのが幕末の若き武士達です。